薬剤師キャリア

しんどいのはあなたのせいじゃない|医療従事者夫婦が0歳育児×共働きで限界を迎え、退職・北海道移住を決めるまで

子供が生まれてから、毎日が「こなす」の連続になりました。

好きなテレビも、ゲームも、だらだらする時間も、ほぼ全部なくなりました。でも、嫌いではなかったんです。子供の寝顔を見れば疲れは吹き飛ぶし、妻と「今日もよく頑張った」と言い合える夜はそれなりに充実していました。

ただ——妻が職場復帰してからの半年間は、正直「地獄」でした。

この記事は、0歳児の父として過ごした約1年間のリアルな記録です。そしてこの経験が、私と妻が「退職・北海道移住」という大きな決断をするに至った理由でもあります。




著者アイコン

ひろぽん(薬剤師)

30代・0歳児の父(当時)/ 元病院薬剤師 / FIRE志望


  • 病院薬剤師8年。週6勤務・当直・残業ありの職場で子育てと並走
  • 妻は看護師(育休中→復職→退職)。夫婦ともにFIRE・北海道移住を決断
  • この記事は子供が0歳〜1歳の約1年間のリアルな記録です

🙋 はじめに:この生活、嫌いじゃなかった

最初に正直に言っておくと、私はルーティン化した生活が苦手ではありません。毎日同じ流れで動くことに、むしろ安定感を感じるタイプです。

傍から見たら「趣味も娯楽もなくてつまらなそう」と思われるかもしれない。実際そういう生活です。でも、「ダラダラするくらいなら効率よく動く」という性格なので、ルーティン化は私に合っていました。

妻が主導でこの生活スタイルを設計し、私がそれに乗っかる形で阿吽の呼吸でこなしていました。強要もなく、押しつけもなく、役割分担で回っていた。それが我が家のスタイルでした。

💡 当時の状況

  • 私:病院薬剤師(フルタイム・週6勤務が2週に1回・当直あり・残業あり)
  • 妻:看護師(育休中。子供が0歳の間は育児に専念)
  • 子供:0歳(離乳食・夜間授乳・朝寝・昼寝のサイクルが軸)
  • 住まい:東京(後に北海道へ移住)

📅 私の平日タイムスケジュール(育休中の妻がいる版)

こんな感じで毎日動いていました。9時勤務・残業30分想定のパターンです。

  • 7:00起床
  • 7:10〜7:30朝食準備
  • 7:30〜7:45洗顔・寝ぐせ直し
  • 7:50〜8:05朝食(テレビなし・静かに食べる)
  • 8:05〜8:20子供と遊ぶ・おむつ替えなど
  • 8:20出発
  • 9:00〜17:30勤務(残業30分含む)
  • 17:50帰宅
  • 18:00〜18:30夕食準備(妻が作ってくれている日は仕上げのみ)
  • 18:30〜18:45夕食
  • 18:45〜19:00食器洗い・片付け
  • 19:00〜19:20小休憩
  • 19:20〜19:35子供をお風呂に入れる
  • 19:35〜20:10湯船でまったり(情報収集・YouTube・ぼーっとする)
  • 20:10〜20:20髪乾かす・保湿・歯磨き
  • 20:30〜20:45ストレッチ
  • 21:00洗濯スタート
  • 21:25洗濯干す・乾燥機セット(妻と分担 or 単独)
  • 21:30〜22:30ブログ執筆・YouTubeで勉強・だらだらするなど
  • 22:30〜40就寝

改めて書き出してみると、本当にこの通りに毎日動いていたんだなと感心します(自画自賛)。趣味・娯楽の時間はゼロ。ゲームもアマプラも、子供が生まれてから平日はほぼやっていません。20時には家の電気をほとんど消して静かに過ごす生活なので、そもそも夜に騒がしいことができない環境です。

勉強や情報収集は通勤中と湯船の時間に集中させていました。これが私の唯一の「自分時間」でした。

👩 妻の平日タイムスケジュール(育休中)

妻のスケジュールも書き出してみます。改めて見ると、本当に頭が下がります。

  • 夜間1〜2回授乳または夜泣き対応で起床
  • 6:00〜7:00起床・朝食準備(私と分担)・子供が起きたら授乳など
  • 8:20私を送り出す
  • 8:20〜9:30育児各種
  • 9:30〜10:00子供の朝寝・寝かしつけ
  • 10:00〜11:00自由時間(子供が寝ていれば)・家事など
  • 11:30〜12:00離乳食&授乳①
  • 12:00〜12:15昼食
  • 12:15〜15:00育児各種
  • 15:00〜15:30昼寝・寝かしつけ
  • 15:30〜16:30自由時間(子供が寝ていれば)・夕食準備など
  • 16:30〜17:00離乳食&授乳②
  • 17:00〜18:00育児・夕食準備
  • 18:00〜18:45夕食・片付け
  • 19:40〜20:40子供の風呂上がりケア・読み聞かせ・寝かしつけ
  • 21:00〜21:20入浴
  • 22:00就寝

妻は看護師なので育児に対してもストイックに取り組んでいました。子供の睡眠時間・食事量・便の回数まで細かく記録して、常に子供の状態を把握していた。正に看護のプロという感じで、本当に頭が下がります。

この時期は圧倒的に妻の育児負担が大きく、私は「妻が育児に専念できるように仕事を頑張る」という役割でした。感謝しかない。

🔄 ルーティン化のメリットとデメリット、正直に言います

この生活を7か月続けて思ったことを整理します。

メリット:やるべきことが確実にこなせる

我が家の最優先事項は「子供の生活リズムを整えること」でした。就寝時間・食事時間・入浴時間を一定にすることで概日リズム(サーカディアンリズム)が整い、子供の発達にも良い影響があると考えていました。これを軸にすべてのスケジュールが構成されているので、「今日どうしようか」という判断が不要になります。考えなくていいので、消耗しない。

デメリット:時間が溶ける

毎日同じ生活をしていると、印象的な出来事がないので記憶に残りません。気づいたら1週間経っていて、先週何をしたか思い出せない——という状態が続きました。時間の流れが異様に速く感じる。

あと、書き終わってから気づいたのですが、ルーティンを延々続けているとデフォルトモードネットワーク(ぼーっとした脳の状態)が常に稼働しているような感覚になります。これが長く続くと気分の低下や抑うつにつながる可能性があるので、定期的なリフレッシュは必要だと思います。平日は趣味ゼロなので、休日に意識的に気分転換を入れるようにしていました。

🏆 結論:ルーティン生活は「精神的には」快適だった

精神的なストレスはほぼありませんでした。ただし体力的には、週6勤務・当直・残業をこなしながら育児もするというのは、元々体力に自信がない私にとってギリギリの状態でした。5月には初めてコロナに罹患。「体力の低下が免疫力を下げた」と今でも思っています。

あわせて読みたい

この頃から本気で考え始めたFIREについて、なぜ目指すのかを書いた記事はこちら

▶ FIRE志望の理由を読む

🔥 妻が復職してからの半年間——正直に言うと「地獄」でした

育休中の生活が「ギリギリ回っていた」状態だとすれば、妻が職場復帰してからは「完全にオーバーした」状態でした。

妻は時短勤務での復帰でしたが、残業が頻繁にありました。残業を減らすために早めに職場へ行って情報収集をするスタイルだったため、毎朝7時20分には子供を連れて保育園へ出発。始業は8時半なのに、8時前には病棟にいる日々。

それに合わせて私も毎朝6時起き。妻より後に出発するので、朝食・昼食の準備と片付けは私の担当になりました。

「定時」が存在しない毎日

妻の定時は15時半でしたが、ぴったりに上がれることはほとんどありませんでした。私はチームリーダーが配慮してくれて週2回ほど定時退勤できていましたが、結局妻と私がほぼ同じ時刻に帰宅することも多く、17時40分ごろから二人でへとへとのまま夕飯の支度を始める——そんな毎日です。

復職した頃には授乳は卒業していたので楽になったかと思いきや、今度は幼児食への対応が必要になりました。食事の介助をしながら、子供用に食材を刻んだり調理を工夫したりする作業は地味に手間がかかります。これも私の担当でした。

お風呂・寝かしつけまで終わると21時ごろ。ようやく自由時間……と言っても、へとへとで気力もないので、だらだらしながら22時頃に倒れるように就寝。毎日これです。

週末ワンオペ・夜間ワンオペが月の半分

妻はシフト制なので、週末に一緒に過ごせない日も多く、月の半分くらいは週末ワンオペでした。妻には夜勤が月2回、私も当直が月2回あったので、その日は当然一人で子供を見ながら全てをこなします。

保育園の翌日準備(着替え・おたより・連絡帳・荷物の確認など)も、子供を見ながら一人でやる。これが想像以上にハードで、夜ワンオペの日は子供を寝かしつけてから22時過ぎまでかかることもありました。二人とも朝の時点ですでに疲れている、そんな毎日でした。

買い物・休日・友人との時間——全部消えました

買い物は私が仕事帰りに週2回ほど済ませていました。たまに合った休日は疲れているので家か近所の公園、あるいは私の実家(車で1時間半)に行く程度。お互いが個人の友人と会うことなどまずできず、自由は文字通り皆無でした。家族全員が風邪をひく時期が重なると、体調不良のまま出勤する日もありました。医療従事者の急性期病院共働き夫婦は、大体こんな感じだと思います。

それでも続けられた理由

退職が決まっており、共働きするのは半年だけとわかっていたから耐えられました。「あと○か月」というカウントダウンがなければ、正直どちらかが先に折れていたと思います。

半年間フルで働いたことで、北海道移住後の生活費や転職活動の余裕を作るための収入を確保できたという点は、結果的によかったと思っています。でも、精神的にも体力的にも、あの半年間は人生で一番消耗した期間でした。本当につらかったです。

💡 この1年で気づいたこと——そして決断へ

この約1年の経験を通じて、いくつかのことが頭の中で整理されました。

  • 共働きで乳幼児を育てることは、夫婦どちらかが倒れるリスクを常に抱えた状態である
  • 子供が一番かわいい時期に、子供と過ごす時間が一番少ない——これが現代の共働き世帯の現実
  • 「いつかゆっくりしよう」は来ない。時間は意図的に作らなければ永遠に仕事と育児に消える
  • ルーティン化や効率化では解決できないレベルの問題がある。構造ごと変える必要があった
  • 医療従事者の急性期病院共働き夫婦はほぼ全員こういう状態だと思う。特殊な話ではない

少子化が止まらない理由って、これだよなと至極当たり前の結論に至りました。子供を産んで育てながら働くことの体力的・精神的コストが、どう考えても高すぎる。制度の問題でも意識の問題でもなく、単純に人間の体力の限界を超えている。

妻とも何度も話し合いました。「6か月復職して義理を果たしたら辞める」「私も今年度末で辞める」「北海道に移住して、新しい生き方を探す」——この流れで決断しました。退職が決まっているからこそ耐えられた半年間でしたが、終わりが見えていなかったら間違いなく続けられなかったと思います。

🏆 この記事で一番伝えたかったこと

しんどかったです、本当に。でもこの「地獄の1年」があったからこそ、退職・移住という大きな選択に踏み切れました。逃げているわけでも諦めているわけでもなく、自分と家族の時間を守るための合理的な判断だと今でも思っています。そしてこの経験がなければ、たぶんずっと「もう少し頑張れば」と思いながら消耗し続けていたと思います。

📢 最後に——この記事を読んでいるあなたへ

毎日忙しくて、疲れていて、「自分だけこんなにしんどいのかな」と思うことはありませんか。

違います。あなただけじゃないです。医療従事者に限らず、乳幼児を育てながら共働きをしている夫婦は、ほぼ全員こういう状態です。 自分の頑張りが足りないとか、要領が悪いとか、そういう話じゃない。構造の問題です。環境の問題です。あなたのせいじゃない。

だから、頑張れと言いたいわけでも、諦めろと言いたいわけでもなくて——もし今の環境を変えたいと思っているなら、時には大きな決断が必要だということを伝えたいのです。

転職でも、移住でも、退職でも。大きな決断がどちらに転ぶかは、やってみないとわかりません。私たちの場合はうまくいきましたが、うまくいかない可能性だって当然ありました。でも、何もしなければ何も変わりません。現状維持は「安全」ではなく、消耗し続けることを選択するということでもあります。

そしてもうひとつ。チャレンジは若いうちの方がいい。体力があって、選択肢があって、リカバリーが効く。年を重ねるほど、大きな決断をする心理的ハードルは上がっていきます。「もう少し落ち着いたら」と思っているうちに、動けるタイミングは過ぎていきます。

行動するなら若いうちがいい——これは、あの地獄の半年間を経て、心の底から思ったことです。

💡 大きな決断の前に読んでほしい記事

転職・退職・移住——どんな決断も、お金の土台がなければ不安が先に立ちます。決断の選択肢を広げるためにも、資産形成の基礎を知っておくことは損になりません。

あわせて読みたい

退職・北海道移住・疑似FIRE生活の3か月間についてはこちら

この記事の「その後」——無職期間に感じたお金・時間・幸福の変化を書いています

▶ 疑似FIRE体験記を読む

※当ブログ内の関連記事へ移動します

※この記事は子供が0〜1歳だった当時(2022〜2023年頃)の体験をもとに執筆しています。

ABOUT ME
hiropon
ヒロポンです。 新卒から大学病院で8年間勤務し、北海道移住➤転職して現在は企業薬剤師をしています。FIREを目指して資産形成をしており、世帯資産3700万円を突破。 転職や薬学部での経験、資産運用の経験を活かして薬剤師のキャリア・国家試験対策・資産形成に関する情報発信をしています!