財務省が高齢者医療費の3割負担原則化という方向性を示しました。現在、75歳以上の後期高齢者の医療費自己負担は原則1割(一定以上の所得がある場合は2割または3割)です。これを原則3割に引き上げるという議論は、単なる制度変更の話ではありません。このまま続けると制度が持たないという宣言に等しいものです。
私は大学病院で8年間、特に腎臓内科・外科で腎不全患者と長く接してきた薬剤師です。現場で見てきたこと、感じてきたこと、そして親友の腎臓内科医と何度も語り合ってきたことを、この記事に率直に書きます。すでに各所で議論されているテーマですが、現場の一次情報として読んでいただければ幸いです。
📋 この記事でわかること
- 高齢者医療費3割負担原則化という政府の方向性
- 透析医療費の実態——年間約2兆円規模の現実
- 現場薬剤師が見てきた医療費の無駄
- 整形外科と湿布・鎮痛薬処方というビジネス構造
- 残薬廃棄の現場——毎日50Lゴミ袋いっぱいの現実
- 医療現場の無力感と「医療崩壊」という本音
この記事のスタンスについて
本記事は特定の患者・医療従事者・医療機関を批判するものではありません。長年医療現場に携わってきた薬剤師として、制度の構造的な問題を率直に伝えることを目的としています。透析患者については難病・自己免疫疾患・先天性疾患など生活習慣とは無関係の方が多数いることを前提とした上で、生活習慣病由来のケースに限定して論じています。
目次
社会保険制度がなぜ限界を迎えつつあるのか
日本の医療保険制度は、現役世代が支払う保険料と税金によって高齢者の医療費を支える構造になっています。しかし少子高齢化の進展により、支える側の現役世代は減り、支えられる側の高齢者は増え続けています。
財務省の資料によれば、生産年齢人口は1995年の約8,726万人から2024年には約7,373万人へと約15%減少しており、2050年にはさらに約25%減少する見込みです。一方で高齢者人口は増加を続けています。この構造が変わらない限り、現役世代の社会保険料負担は増大し続けます。
高齢者医療費の3割負担原則化は、この構造的な問題に対する一つの答えです。受益者がより多くを負担することで制度の持続可能性を高めるという方向性は、財政の観点からは合理的です。しかし制度の数字だけでは伝わらない現実があります。
🏆 制度の現状を整理すると
75歳以上の後期高齢者:原則1割負担(所得により2〜3割)/現役世代:原則3割負担。同じ医療を受けても負担割合が異なるこの構造が、制度の持続可能性に影響しています。
透析医療費という現実——現場で見てきたこと
数字で見る透析医療費
人工透析にかかる医療費は、1人あたり年間約500〜600万円とされています。2024年末時点の日本の透析患者数は約34万人であり、単純計算で透析医療費全体は年間約2兆円規模に上ります。この負担の多くを、現役世代が支えています。
| 項目 | 数値 |
|---|---|
| 透析患者1人あたりの年間医療費 | 約500〜600万円 |
| 日本の透析患者数(2024年末) | 約34万人 |
| 透析医療費総額(概算) | 年間約2兆円規模 |
自己負担がほぼゼロになる仕組み
透析患者の多くは障害者総合支援法上の「更生医療」制度を利用しており、医療費の自己負担が大幅に軽減されます。所得によって異なりますが、月額の自己負担上限が数千円〜数万円程度に抑えられるケースが多く、年間数百万円の医療費がほぼ公費で賄われています。
現場で感じたこと——腎臓内科で長年働いた薬剤師として
私は長年、腎臓内科・外科で腎不全患者と接してきました。難病・自己免疫疾患・先天性疾患で透析になった患者さんはここでは除いて話します。生活習慣病、特に2型糖尿病性腎症から透析に至った患者さんについて、率直に書かせてください。
肥満の方が圧倒的に多い。水分・塩分の制限が守れない。カリウム・リンの制限も守れない。そんな状態を何とかするために各種吸着薬をてんこ盛りで処方します。しかしその薬も、飲みにくいという理由でちゃんと飲まない人が本当に多かった。結果として腎不全の合併症で何度も緊急入院してくる。「またこの人か」という場面を、何度も経験しました。
正直なことを言えば、自己管理もできない、働いてもいない、社会に貢献しているわけでもない——そういう方の治療に全力を尽くすことの意味を、本気で問い続けてきました。親友の腎臓内科医とも、プライベートで何度もその話をしました。
💡 腎臓内科医の言葉
その友人が言っていたことが今も頭に残っています。「透析はやらなければ死ぬ、やれば生きる。どんなに不合理だとしても、腎臓内科医として腎臓が原因で死なせることはできる限り避けるというのは、みんな持っているポリシーだと思う」。それでも彼は「今の医療はやっぱりおかしいと本気で思う。おかしいことをせざるを得ない状況・構造だとわかっていても、どうすることもできない」と無力感をにじませていました。医師として患者を救うことと、制度の不合理さへの怒りの間で、彼は揺れ続けていました。
現場で見た医療費の無駄——2つの現実
①OTC類似薬目当ての受診
花粉症の薬・湿布・保湿剤・ビタミン剤——これらは市販でも購入できます。しかし保険診療で処方してもらえば、患者の自己負担は数百円程度で済みます。市販品を自費で買うより圧倒的に安い。この価格差が「受診した方が得」という行動を生み出しています。軽症でも、市販薬で対処できる症状でも、「どうせ安いから」という理由でクリニックを受診する。その積み重ねが医療費全体を押し上げています。
📖市販薬はなぜ高いのか——セルフメディケーションが進まない構造的な理由
OTC類似薬の自己負担増という政府の動きと、受診の方が安いという矛盾を解説
②整形外科と湿布・鎮痛薬処方というビジネス構造
「腰が痛い」「膝が痛い」という理由で整形外科に通い続ける高齢者は少なくありません。湿布と鎮痛薬を処方してもらい、定期的に通院する。患者の自己負担は1割であれば数百円程度です。
ここで一つ、現場の視点から率直に言います。開業整形外科にとって、慢性的な腰痛や関節痛で定期通院してくれる高齢者は、経営上の安定した収益源です。大がかりな検査や処置が不要で、湿布と鎮痛薬を処方するだけで定期的に来院してくれる。スタッフの人件費・設備維持・経営という観点から見れば、こうした常連患者はありがたい存在です。
これは個々の医師を責める話ではありません。制度設計がそのような構造を生み出しているという話です。患者にとっては安く通えて痛みが和らぐ。医療機関にとっては安定収益になる。この構造の中で「あなたに医療は提供できません」と言える医師は、現実にはほとんどいません。口が裂けても言えないというのが正直なところです。
かつて私自身も持病の腰椎分離症で整形外科を受診していましたが、現在はストレッチと筋トレで痛みが緩和してきたので、市販の湿布薬を毎日貼ることで通院をせずに済んでいます。正直受診した方が大量の湿布と飲み薬がもらえるので経済的には合理的ですが、病院が混んでいて待ち時間が長いこと、そもそも平日受診する時間がないことから、現状は市販薬で何とかやりくりをしています。
老化による関節の痛みや筋肉の硬直が、保険適応の医療として処理され続ける。その費用の大部分を現役世代が負担しています。
残薬の廃棄——毎日50Lゴミ袋いっぱいの現実
大学病院に勤務していた頃、患者が入院時に持参した薬の整理を日常的に行っていました。入院を機に処方を一新することは医療上の必要性から行われるものですが、その過程で廃棄される薬の量は、毎日50Lのゴミ袋いっぱいになることが珍しくありませんでした。
これは一概に無駄とは言い切れない部分もあります。院内での処方最適化は必要な医療行為です。しかし問題はそれだけではありません。
さらに深刻なのは、飲んでいる薬と飲んでいない薬がごちゃ混ぜになった大きなビニール袋を持参するケースです。問い詰めると結局飲んでいなかった。いつ処方されたものかもわからない。期限確認も現実的ではないためすべて廃棄し、新たに処方し直す——こういったことが平然と起きていました。
処方されたにもかかわらず飲まれることなく廃棄される薬の費用は、すべて医療費として計上されています。生活習慣病の患者に自己管理ができていないケースが多かったというのが、現場での率直な印象です。そしてその廃棄コストを担っているのは現役世代です。
残薬の問題は構造的に解決が難しい
残薬問題はかかりつけ薬剤師制度や残薬確認の仕組みで一定程度対応されていますが、患者の服薬意識そのものが変わらない限り根本的な解決には至りません。処方する側・調剤する側の努力だけでは限界があります。
3割負担原則化で何が変わるのか
高齢者の医療費自己負担が3割になれば、受診のハードルが上がります。軽症での受診や、OTC類似薬目当ての通院が一定程度抑制される可能性があります。「どうせ安いから受診する」という行動パターンが変わるとすれば、医療費の無駄が減る方向に働くかもしれません。
現役世代にとっては、保険料の上昇圧力が緩和される可能性があります。ただしこれは長期的な話であり、短期的には高齢者への影響が大きく、選挙への影響を懸念する政治的な壁があります。制度改革が骨抜きになる可能性は十分にあります。
セルフメディケーションという観点では、受診コストが上がることでOTCを選ぶ合理性が高まります。この流れはOTC類似薬の自己負担増という政府の方向性とも一致しており、薬剤師が対人業務で価値を発揮できる場面が増えることも期待されます。
おわりに——「医療崩壊を一度起こした方がいい」という本音
腎臓内科医の友人と、プライベートで何度も「自分たちにできることは何か」を話し合いました。しかし結論は出ませんでした。
二人でひねり出した答えは、「いっそのこと一回、医療崩壊と医療保険の崩壊を起こした方がいい」というものでした。
これは医療崩壊を望んでいる言葉ではありません。現場で患者と向き合い続けた末の、絶望と無力感から出た言葉です。このまま続けても制度は持たない。しかし国民は「日本ではいつでも安く最高の医療が受けられる」という前提を疑わない。その意識が変わらない限り、制度改革は掛け声だけで終わる。一度本当の危機が来なければ、誰も本気で考えない——そういう意味です。
高齢者医療費の3割負担原則化は、その意識を変えるための一手になるかもしれません。あるいは政治的な圧力で骨抜きにされるかもしれません。
私にできることは、現場で見てきたことを率直に書き続けることだけです。この記事を読んだ方が、社会保障というものを自分ごととして考えるきっかけになればと思っています。
※透析患者数・医療費の数字は日本透析医学会の公表データおよび公的統計をもとにしています。本記事は筆者の個人的な経験と見解を含みます。