「薬剤師になりたい」。そう決意して私立薬学部に入学した場合、6年間で支払う学費の平均は約1,226万円にのぼります(私立大学薬学部学費調査・2024年度)。最安の大学でも約940万円、最高額は約1,432万円と、大学によって500万円近い差があります。
国立大学薬学部の6年間総額が約350万円であることを踏まえると、私立を選んだだけで約900万円の追加コストが発生する計算です。
では、この1,200万円という「投資額」は、薬剤師として働くことで回収できるのでしょうか。さらに踏み込んで、「そもそも6年間という時間を別の使い方をしたほうが、より高いリターンが得られるのではないか」という問いも含め、厚生労働省などの公式データをもとに検証します。
病院薬剤師8年→現在は医薬品情報(DI)業務に従事。
公的資料・ガイドラインを基に情報を精査する業務を担当。
薬学生・薬剤師向けに現場視点で情報発信。
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📋 この記事でわかること
- 私立薬学部6年間の学費平均と国公立との差額
- 薬剤師の平均年収・中央値・生涯年収の実データ
- 同じ6年間で取れる他の難関資格との年収比較
- 同じ6年制の医師・歯科医師・獣医師との学費・年収比較
- 差額900万円をインデックス投資した場合の複利試算
目次
薬剤師の「リアルな年収」を把握する
平均年収と中央値
厚生労働省「令和6年賃金構造基本統計調査」によると、薬剤師の平均年収は599万3,200円です。前年比で約21万円増加しており、緩やかな上昇傾向にあります。
💡 「平均」より「中央値」が実態に近い
高年収の管理職や企業勤務者が平均を押し上げるため、より実態に近い「中央値」も確認しておきましょう。同調査をもとに算出した中央値は約547万円で、平均より約50万円低くなっています。
職場別の年収差
| 勤務先 | 平均年収の目安 |
|---|---|
| 病院(一般) | 約569万円 |
| 調剤薬局(一般薬剤師) | 約486万円 |
| ドラッグストア | 約520万円 |
| 製薬会社・MRなど | 600万円台〜 |
※出典:厚生労働省「第24回医療経済実態調査(令和5年実施)」ほか
勤務先によって年収に差はありますが、興味深いのは長期でみると勤務先による生涯年収の差がほぼ縮まる点です。若いうちは薬局・ドラッグストアが有利ですが、40代以降は病院薬剤師の年収が逆転し、最終的にはほぼ横並びになる傾向があります(厚労省「薬剤師の偏在への対応策」より)。
年齢別の年収推移
| 年齢帯 | 平均年収(令和6年調査) |
|---|---|
| 25〜29歳 | 約501万円 |
| 35〜39歳 | 約614万円 |
| 55〜59歳 | 約709万円 |
新卒初年度は年収ベースで約387万円からスタートし、50代にかけて緩やかに上昇していく構造です。
生涯年収で「投資回収」を試算する
生涯年収の中央値
厚生労働省の資料「薬剤師の偏在への対応策」では、65歳まで常勤で働き続けた場合の生涯年収中央値が示されています。
📊 薬剤師の生涯年収中央値(65歳まで常勤)
- 薬局薬剤師:約2億2,768万円〜2億3,792万円
- 病院薬剤師:約2億3,280万円
おおむね2億3,000万円前後が生涯年収の目安となります。
「元が取れる」かどうかの計算
国税庁のデータによると、給与所得者全体の平均年収は約460万円(令和5年分)です。大卒で22歳から65歳まで43年間働いた場合の単純計算は、460万円 × 43年 = 約1億9,780万円となります。
対して薬剤師(私立薬学部卒)の場合、24歳から65歳まで41年間働くとして、平均年収約580万円で試算すると580万円 × 41年 = 約2億3,780万円です。
差分は約4,000万円のプラス。ここから私立と国公立の学費差額(約900万円)や、2年分の就業機会の損失(460万円 × 2年 = 約920万円)を差し引いても、数字の上では「回収できる」という計算になります。
注意
上記はあくまで平均値ベースの粗い試算です。個人差が大きく、単純にこの計算が当てはまるとは限りません。
6年間という「時間」を別の視点で考える
6年間で取れる他の難関資格
ここで視点を変えてみましょう。「薬学部の6年間を別の方法に使えば、さらに高い収入が見込めるのではないか」という問いです。代表的な難関資格の習得に必要な時間と平均年収を以下に整理します。
| 資格 | 必要勉強時間(目安) | 取得までの期間 | 平均年収 |
|---|---|---|---|
| 公認会計士 | 3,000〜5,000時間 | 2〜3年 | 約856万〜1,044万円 |
| 弁護士(司法試験) | 予備試験ルートで3〜5年 | 3〜5年+修習1年 | 約1,119万円 (所得中央値700万円) |
| 税理士 | 2,000〜4,000時間 | 2〜3年 | 約700〜800万円 |
※公認会計士:厚労省令和6年賃金構造基本統計調査(企業規模1,000人以上・税理士含む)より約856万円、大手監査法人ベースでは約1,044万円
※弁護士:日弁連「弁護士業務の経済的基盤に関する実態調査2020」より平均収入1,119万円・所得中央値700万円
たとえば公認会計士の場合、受験資格に学歴要件はなく、1日5時間を集中して勉強すれば、理論上は2〜3年での取得が可能とされています。6年のうち3年で合格できれば、残りの3年間はすでに平均年収600万円台〜1,000万円台の仕事ができるという計算になります。
もっとも、公認会計士試験の合格率は約7〜10%と難関であり、誰もが2〜3年で合格できるわけではありません。また弁護士の場合も、法科大学院または予備試験というルートを経る必要があり、実際には5〜7年以上かかるケースも珍しくありません。
💡 比較のポイント
「6年間という時間とお金の使い方の選択肢は、薬学部だけではない」という事実を認識しておくことが重要です。どの選択が合理的かは、個人の適性・難易度の受け止め方・職業への志向性によって大きく変わります。
同じ「6年制」の医療系資格と比較する
薬学部と同じく6年制の医療系大学として、医学部・歯学部・獣医学部があります。これらと薬学部を比べると、年収面でどのような差があるのでしょうか。
平均年収の比較(令和6年賃金構造基本統計調査)
| 職種 | 平均年収 |
|---|---|
| 医師 | 約1,338万円 |
| 歯科医師 | 約1,136万円 |
| 獣医師 | 約885万円 |
| 薬剤師 | 約599万円 |
医師は薬剤師の2倍以上、歯科医師でも約1.9倍の年収差があります。
学費と年収のバランス
| 職種 | 私立6年間学費(目安) | 平均年収 |
|---|---|---|
| 医師(私立医学部) | 2,000万〜4,500万円 | 約1,338万円 |
| 歯科医師(私立歯学部) | 2,000万〜3,500万円 | 約1,136万円 |
| 獣医師(私立獣医学部) | 約850万〜1,000万円 | 約885万円 |
| 薬剤師(私立薬学部) | 約940万〜1,432万円 | 約599万円 |
医師・歯科医師は学費が非常に高額(私立医学部では最大4,500万円超)ですが、年収もそれに見合う水準です。一方、獣医師は学費が薬学部とほぼ同水準ながら、年収は薬剤師を約300万円近く上回っています。
📌 6年制医療職の「コストパフォーマンス」
純粋な年収対学費の比較だけで見れば、薬剤師は4職種の中で最もコストパフォーマンスが低い位置にあります。ただし、医師・歯科医師になるための学費はケタ違いに高く、資金面での参入障壁が極めて高いことも事実です。
「元が取れない」可能性がある要素
数字だけ見れば「回収できる」ように見えますが、現実にはいくつかの変数があります。
国家試験合格率の問題
薬剤師になるには薬剤師国家試験に合格する必要があります。2024年度の合格率は全体で約67%でした(厚生労働省発表)。私立大学の合格率は大学によってばらつきが大きく、合格率が50%を下回る大学も存在します。不合格になった場合、学費を払いながら浪人・再挑戦が必要になります。
留年リスク
私立薬学部の留年率は高く、6年で卒業できる割合が低い大学も少なくありません。留年すると追加で年間200万円前後の学費が発生します。
薬剤師過剰問題
有効求人倍率は2017年の6.27倍から2024年には2.34倍まで低下しています。依然として平均より高い水準ですが、薬剤師数の飽和が進めば将来的に年収が下がる可能性もあります。
地域・勤務先による大きな差
都道府県別の年収差は最大で250万円以上に及びます(熊本県761万円 vs 宮崎県510万円・令和6年調査)。また、調剤薬局薬剤師の平均は約486万円にとどまっており、「薬剤師の平均年収600万円」と単純に当てはめるのは注意が必要です。
奨学金返済の現実
学費1,200万円を全額借りた場合、奨学金の返済は月10万円超・返済期間20年超になるケースもあります。手取りから返済分を差し引くと、実質的な可処分所得はさらに絞られます。
国公立との比較で考える「コスパ」
| 国公立薬学部 | 私立薬学部(平均) | |
|---|---|---|
| 6年間学費 | 約350万円 | 約1,226万円 |
| 差額 | — | +876万円 |
| 生涯年収(中央値) | ほぼ同等 | ほぼ同等 |
生涯年収はほぼ同等のため、費用対効果だけで比較すれば国公立が圧倒的に有利です。ただし、国公立薬学部は入試難易度が高く、現実的な選択肢にならない受験生も多くいます。また、私立薬学部の多くは国家試験対策が手厚く、合格率を高めるサポートが充実しているという側面もあります。
もし差額900万円をインデックス投資に回していたら?
ここで、まったく別の視点から試算してみましょう。私立と国公立の学費差額は約900万円です。もしこの900万円を22歳(大卒就職時)に一括でインデックスファンドへ投資し、65歳まで43年間運用し続けたとしたら、どうなるでしょうか。
複利シミュレーション(900万円・一括投資・43年間)
📈 試算の前提となる長期リターンの目安
- 年率5%(保守的シナリオ):インフレ・為替リスクを考慮した控えめな水準
- 年率7%(オルカン想定):全世界株式(MSCI ACWI)の過去20〜30年の年率平均(円ベース・配当込み)
- 年率10%(S&P500想定):S&P500の過去30年の年率実績としてよく参照される水準
| 年率 | 43年後の試算額 | 元本比(900万円→) |
|---|---|---|
| 5%(保守的) | 約7,230万円 | 約8.0倍 |
| 7%(オルカン想定) | 約1億9,100万円 | 約21.2倍 |
| 10%(S&P500想定) | 約5億8,500万円 | 約65.0倍 |
複利計算式:元本 × (1+年率)^年数 / ※過去の平均リターンを単純に延長した机上の試算。将来のリターンを保証するものではありません。
「900万円の差額」が意味すること
年率7%で試算した場合、差額900万円が43年後に約1億9,000万円になるという計算です。これは薬剤師の生涯年収中央値(約2億3,000万円)に匹敵するほどの規模感です。
この試算の前提条件と注意点
- 900万円を22歳時点でまとめて用意できること(実際は学費は毎年分割払いのため厳密には異なる)
- 43年間、市場の暴落局面でも売却せず保有し続けられること
- 為替リスクや税制変更など外部要因を考慮していないこと
- インデックス投資は元本保証ではなく、損失が生じる局面もあること
特にリーマンショック(2008年)やコロナショック(2020年)のような局面では一時的に大幅な含み損が生じており、長期保有の精神的なハードルは想像以上に高いものです。
「薬剤師免許」には金銭換算できない価値もある
一方で、インデックス投資と薬剤師免許を単純に比較することには無理もあります。薬剤師資格には、市場リスクにさらされない安定した雇用、医療専門職としての社会的信頼、ライフステージに応じた柔軟な働き方(正社員・パート・在宅)など、お金以外の価値が存在します。
この試算はあくまで「お金の時間価値」という切り口の一つであり、投資の推奨ではありません。「1,200万円という学費の機会費用がどれほど大きいか」を直感的に理解するための参考値として捉えていただければと思います。
まとめ:データが示すこと
📋 この記事のまとめ
- 私立薬学部の平均学費は約1,226万円
- 薬剤師の平均年収は約599万円(中央値約547万円)
- 65歳まで常勤で働いた場合の生涯年収中央値は約2億3,000万円
- 平均的な給与所得者との生涯年収差は、学費を差し引いても数字上はプラスになる計算
- 同じ6年間で公認会計士・弁護士などを目指すことも選択肢のひとつで、年収面では薬剤師を上回るケースがある
- 同じ6年制の医師・歯科医師・獣医師と比べると、薬剤師の年収は最も低い水準
- 国公立との差額約900万円を年率7%で43年間運用した場合、約1億9,000万円になるという試算がある
- ただし、国家試験の合格率・留年リスク・地域差・勤務先・将来の需給変動などによって結果は大きく変わる
「元が取れるか」という問いへの答えは、平均的な条件が揃えば数字上は取れる、しかしそれが自分自身に当てはまるかどうかは、個別の状況を踏まえた検討が不可欠です。
進学を検討されている方は、志望校の国家試験合格率・留年率・奨学金制度に加え、「6年間という時間とお金をどう使うか」という観点も含めて、多角的に判断されることをお勧めします。
📚 主な参考データ出典
- 厚生労働省「令和6年賃金構造基本統計調査」
- 厚生労働省「薬剤師の偏在への対応策」
- 厚生労働省「第24回医療経済実態調査(令和5年実施)」
- 国税庁「令和5年分 民間給与実態統計調査」
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