「医師・看護師・薬剤師が足りない」というニュースを毎年のように耳にします。医療現場で働いた経験のある方なら、その言葉を実感として持っている方も多いでしょう。
では、政府はこの問題をどう見ているのでしょうか。
2026年4月、財務省は財政制度等審議会向けに一つの資料を公表しました。そこには「医学部・歯学部・薬学部の定員を大幅に削減すべき」という、医療関係者にとって衝撃的な内容が含まれていました。大学病院で8年間勤務し、医師・看護師・コメディカルとの多職種連携の現場を見てきた立場から、この資料を読み解いてみたいと思います。
📋 この記事でわかること
- 財務省が2026年4月に公表した医療人材に関する見解の要点
- 「人手不足」と「定員過剰」が同時に起きている構造的な理由
- 薬剤師・看護師・医師それぞれの偏在問題の実態
- 定員削減で問題は解決するのか——政策の現実と限界
- 薬学部生・現役薬剤師が今から考えておくべきこと
💡 この記事のスタンスについて
この記事は財務省の方針を支持・批判するものではありません。政府がどう見ているかを知った上で、医療職として働く皆さん自身に考えていただくための問題提起です。使用している数字はすべて財務省「人口減少社会の中での総合的な国力の強化(財政各論Ⅰ)」(2026年4月23日)からの引用です。
目次
財務省が示したデータの要点
まず、資料が示している数字を整理しておきましょう。
薬剤師・薬局について
薬学部の国家試験合格者数は、2012年以降平均で定員数の約80.7%にとどまっており、財務省は「既に定員数が過剰」と明記しています。薬局数はこの30年で約63%増加し、2024年時点で6万3千軒を超えています。一方で、常勤薬剤師が2人以下の薬局が全体の約67%を占め、処方箋の受付回数が月1,000回未満の薬局も約51%に上ります。
医師について
最新の需給推計によれば、医師の需給は2029〜2032年の間に均衡する見込みで、財務省は「医師数が過剰となることは既に確定的」と述べています。1970年時点では18歳人口千人あたり2.29人だった医学部進学率が、2024年には千人あたり8.62人まで上昇しており、現在の定員が維持された場合、2050年には約85人に1人が医学部に進学する計算になります。
歯科医師について
歯科医師国家試験の合格者数も、2012年以降平均で定員数の約81.7%にとどまっており、こちらも「既に定員数が過剰」とされています。
医療人材の偏在について
理工系の高等教育を受ける人材のうち、全体の約36%、特に女性については約60%が保健系(医学・歯学・薬学・看護学等)の学科に在籍しています。財務省はこの状況について「特定の業種・分野に人材が偏ることは、他分野への専門人材の供給に影響を及ぼしている」と指摘しています。
| 職種 | 財務省の見解 | 主な根拠となるデータ |
|---|---|---|
| 薬剤師 | 定員が過剰・大幅削減を提言 | 国家試験合格者が定員の平均80.7% |
| 医師 | 過剰となることは確定的 | 2029〜2032年に需給均衡の見込み |
| 歯科医師 | 定員が過剰・大幅削減を提言 | 国家試験合格者が定員の平均81.7% |
数字だけを見れば、確かに「過剰」という判断には一定の根拠があるように見えます。では、なぜ現場では慢性的な人手不足が叫ばれるのでしょうか。
なぜ現場は「足りない」と感じるのか
ここに、この問題の本質的な難しさがあります。「数は足りているのに、機能していない」という構造問題です。
薬剤師の場合——分散と偏在
財務省資料は、薬局の小規模分散がもたらす問題点を具体的に指摘しています。
- 薬局1つあたりの受付処方箋枚数が減少し、医療提供体制が非効率になる
- 医薬品配送先が増える一方、1回あたりの配送量が減り、流通に負荷がかかる
- 多数の薬局がそれぞれ在庫を抱えることで、供給不安発生時に不足が助長される
- 患者が薬局を近さだけで選ぶようになり、薬歴の一元化が成立しにくい
つまり薬剤師の数そのものよりも、小規模薬局への分散と調剤業務への偏在が問題の核心にあると言えます。病院薬剤師が慢性的に不足している一方で門前薬局が乱立するという構造は、数の議論だけでは解決できません。大学病院で勤務していた頃、病院薬剤師の採用に苦労していたことを思い返すと、この指摘には実感が伴います。
看護師の場合——免許はあっても現場にいない
財務省資料によれば、医療・介護を含む保健衛生・社会事業の就業者数は1994年の350万人から2024年には964万人へと、全産業中最大の伸びを示しています。しかし同期間に労働生産性は低下しています。
頭数は増えているのに生産性が上がらない——この背景には、激務による離職や、美容クリニック・健診センターといった「免許は使うが急性期医療の現場ではない職場」への流出という現実があります。免許保有者数と実際に医療現場で働いている人数の間には、見えにくいギャップが存在しています。
現場との乖離
財務省の資料は「数」の過剰を指摘していますが、激務による離職率の高さや特定職場への人材流出という「定着・配置」の問題は、定員削減だけでは解決しません。この点は資料の議論に欠けている視点と言えます。
医師の場合——都市と地方、開業と勤務の二重の偏在
財務省資料は、医師についても偏在の問題を明確に指摘しています。人口千人あたりの病院病床数を都道府県別に見ると、最多の高知県(23.6床)と最少の神奈川県(7.9床)の間には約3倍の格差があります。また、無床診療所の数は人口10万人あたり、特別区で117.9施設と全国平均(80.6施設)を大きく上回っており、都市部への集中が鮮明です。
さらに、医師の年齢構成を見ると、若い世代では病院勤務が多数を占めますが、年齢が上がるにつれて診療所勤務の割合が急増します。研修終了後に美容医療へ転じる、いわゆる「直美」の問題も、こうした医師の偏在を加速させる一因として現場では広く認識されています。
🏆 第2章のまとめ
不足しているのは人数ではなく、配置と定着の仕組みかもしれない。薬剤師・看護師・医師、それぞれに異なる「偏在」の構造があり、単純な定員削減ではこの問題は解決しません。
定員削減は解決策になるのか
財務省は、2040年までに私立大学の学校数を少なくとも年間16校、学部定員を年間8,700人程度削減する必要があると推計しています。薬学部・歯学部・医学部についても「大胆な定員削減に踏み切るべき」と明言しています。
しかしここには、いくつかの根本的な疑問が残ります。
定員を減らしても、配置は変わるのか
医師・薬剤師・看護師の不足感の多くは、絶対数ではなく配置と定着の問題から生じています。定員を削減しても、都市部への集中や医療現場からの離脱という構造が変わらなければ、現場の人手不足は解消しません。
地方医療の担い手はどうなるのか
地方の医療系大学は、地域医療の担い手育成という重要な役割を担っています。単純な定員削減が地方の医療崩壊につながるリスクも、否定できません。
政治的現実として可能なのか
日本医師会をはじめとする医療三師会の政治的影響力は依然として大きく、急速な定員削減には強い抵抗が予想されます。実際、医師の定員削減については過去にも議論が繰り返されながら実現が難しかった経緯があります。
💡 それでも方向性は変わらないかもしれない
財政当局がこれほど明確に方向性を示した以上、たとえ時間がかかっても政策に反映されていく可能性は十分にあります。抵抗があっても、大きな流れは止まらないかもしれない——その現実は静かに受け止めておく必要があるでしょう。
これは対岸の火事ではない
この問題は、制度や政策の話として遠くに感じるかもしれません。しかし、医療職として生きていく上で、無関係ではいられません。
薬学部を目指す方・在学中の方へ
薬剤師免許を取ることがゴールではなくなる時代が、すでに始まっているかもしれません。財務省資料が指摘するように、小規模調剤薬局の集約化は今後加速していく可能性があります。どんな薬剤師になるのか、どんな場所で働くのかを、今から真剣に考えておく価値があります。
現役薬剤師の方へ
調剤業務に特化したキャリアのリスクは、業界の外側からはっきりと見えています。財務省資料は、アウトカム評価を中心とした報酬体系への転換、対人業務の充実、多職種連携の強化という方向性を明示しています。自分の付加価値をどこに置くかを、改めて考える時期に来ているのかもしれません。
- 病院薬剤師・在宅医療など対人業務への専門性を高める
- チーム医療・多職種連携の中で存在感を発揮できるスキルを磨く
- 大規模化・集約化が進む薬局でのマネジメント能力を身につける
- 調剤以外の付加価値(DI業務・服薬指導・地域連携等)を強化する
おわりに
「人手不足」と「定員過剰」が同時に叫ばれるこの矛盾は、単純な数の問題ではありません。配置・定着・業務範囲・報酬体系——これらが複雑に絡み合った構造問題です。
財務省が示した方向性が現場の実態と合致しているのか、それとも数字の上だけの議論なのか。答えを出すのは簡単ではありません。ただ少なくとも、政府がこの問題をどう見ているかを知っておくことは、これから医療職として生きていく上で決して無駄にはならないと思います。
現場で働く皆さんは、この現実をどう受け止めますか。
参考:財務省「人口減少社会の中での総合的な国力の強化(財政各論Ⅰ)」(2026年4月23日)